■インド独立後、「カタカ」が起源とされるこの宮廷舞踊は、新政府によってカタックダンスという名前を新たに与えられ、インド人間国宝パドマビプーシャン・パンデット・ビルジュ・マハラジ師によって、洗練された舞台芸術へと発展していきました。
師は、それまでの、詩やシュローカ中心で踊られていた舞踊に、北インド古典音楽の理論に基づいた、音楽師泣かせの複雑なリズムを新たに加えることによって、全身でリズムを表現していくという独自のテイストを作りだすことに成功しました。
さらに、直線的な動きの中でより優雅に見え、しかも切れの良い動きも創出しました。
師の創出した舞台芸術は高い評価を得、今日、カタックダンスはインド4大古典舞踊の一つとしてゆるぎない地位を得ています。
一説にはフラメンコの源流とも言われるカタック・ダンスの基本姿勢は直立姿勢で、足にグングルと呼ばれる真鍮の鈴を100個から200個巻いて踊ります。
画像:「Shan-e-Mughal」カタック・ケンドラによるダンスドラマ、アクバル皇帝の宮殿でのカタック・ダンス
■力強く軽快なステップ、華やかで切れの良い所作と多種の高速旋回、アラベスク模様を象ったといわれるシンメトリーな動き、全身で感情を表現するアビナヤ(マイム)、そして口唱歌(ヴォイス・パーカッション)を特徴とするこの舞踊は日本の家元制のように一つの家族が代々伝えており、主な流派にヒンドゥー文化とイスラム文化が融合した舞踊を伝えるラクノウ派、ヒンドゥー神話を踊るジャィプール派、バナーラシー派などがあります。
最も古い流派であるラクノウ派の現在の家元は、7代目のパドマビブーシャン・パンデット・ビルジュ・マハラジ。師の振り付けは、非常に優雅で美しい高度な変拍子で成り立っています。
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